人生100年時代、25歳はまだ四半。
抱える悩みも、年相応にある。
例えば、学生時代からアイデンティティについて問うてきた。
自分とは何者であるか。他者の形容による積集合についた固有名詞であるのか。さもすれば名乗れば自分であるのか。これでは他己同一性となにが異なるのか。
では、自分を表す動詞を考えることが糸口にならないだろうか。自分はどのような気概で生きているか。ぼくは、過去の自分にも未来の自分にも恥じずに生きたい。どのような姿勢で作品に取り組んでいるか。ぼくは、お客様に反芻していただけるような、渾身の思想をお見せしたい。ならば、現時点の答えは「闘う」だろう。
時間は止まらない。悩みながらも進まなければならない。しかし、解きたいときもある。走ろう。叫ぼう。これまでの自分を総括するような旅をしよう。旅でしか昇華できない不器用な自分へ、槍のような喜びを免罪符に与えよう。自ずとそう決まった旅がある。
名古屋→富山 250km、自転車で本州を縦断しよう。
青い海を発ち、黒い峠を過ごし、青い海で赤い立山を見よう。
今年こそ誇れる旅をしよう。自分のために走ろう。闘おう。
The Quarter Ride、いい名前だ。
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