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十津川郷士

こんにちは。けーごです。

 

紀伊山地へキャンプツーリングをしました。目的は酷道425号牛廻越を走ることでした。ルートは、草津から橋本・高野山を経て龍神で1泊、龍神から牛廻越・熊野本宮大社を経て十津川で1泊、十津川から玉置神社・大台ケ原を経て草津へ帰るものでした。紀伊山地は壮大で、圧倒され続けたツーリングでした。2泊3日をまとめた長い記事です。ご了承を。

 

今回のルートはこちら。今回寄ったすべての場所と一部の写真を掲載しています。また、Twitterでは #十津川郷士ツーリング で当日の様子を報告しています(リンク)。この記事のダイジェストです。



【9月1日】

 

7:00
自宅を出発しました。今日は草津から和歌山県の龍神村までの215kmです。国道422号・24号を経て東大寺を目指します。連日の暑さから一転して冷え込み、和束町では15℃を差していました。金曜朝なので、国道24号は通勤ラッシュでした。

 

9:00
小学校の修学旅行ぶりの東大寺です。押して歩くのは大変でした。

 

奈良公園を出て、感覚的に数秒で近鉄奈良駅を過ぎました。立地の良さに驚きました。JRは街の外縁に駅を作りますが、私鉄は繁華街に駅を作りますよね。関西の繁華街に作られたJR駅は三宮・元町・神戸しか思い浮かびません。どの街の繁華街にも駅がある近鉄は便利ですね。

 

9:30
コンビニで通勤ラッシュをやり過ごし、五條に向かいます。橿原までの京奈和道はとても快適でした。青看を読み違えて大和高田を経由する下道の国道24号を走りましたが、車は少なく快適でした。

 

10:50
五条駅前のコンビニで休憩。八木新宮特急バスを見ました。八木新宮特急バスが走行する一部の道路は、鉄道のために敷設されたものです。国鉄五新線という未成線です。かつて、国道168号に沿い、五條から阪本・十津川・本宮を経て新宮に至る路線が計画・敷設されました。当初は、五條から阪本まで建設が進んでいましたが、戦況悪化に伴い敷設が中止され、その後の大衆車の普及により計画が廃止されました。現在も一部が残されているので、見学しました。

 

1枚目は和歌山線から分岐してすぐの盛土・高架橋です。このまま藪が深くなりそうです。2枚目は高架橋の終点です。かつては吉野川橋脚もあったそうですが、今はありません。線形や橋脚の作りから、かなり気合の入った路線のように感じます。現在線形のいい3桁国道の沿線に、多くの国鉄線が計画されました。実際に建設され、現在も営業しているJR線は少ないです。敷設に資金と時間が必要な鉄道よりも、国道を整備するほうが将来が明るかったのです。儚いですね。

 

11:20
五條を経ち、橋本で給油・食料調達をし、道の駅 柿の郷くどやまで昼食を摂ります。ボンゴレ・ロッソを頂きました。ツーリング日和です。

 

12:45
道の駅 柿の郷くどやまを出発し、高野山を目指します。南海高野線の普通電車とすれ違いました。南海高野線と近鉄吉野線は国鉄五新線がぐずぐずしている隙に計画を発表し、あっさり建設し開業した路線です。十津川へは出られないので、五新線とは並行しませんが、市民に理解されるには十分な路線だったと想像できます。高野下駅での参拝客の多さに驚きながら、そう思いました。

 

13:30
高野山金剛峯寺の大門に着きました。この大門の金剛力士立像は、東大寺に次ぐ日本最大級の大きさで、重要文化財だそうです。ようやく登りきったと思えば突然こんな巨大な建物が見え、進めば栄えた街で驚きました。真言宗、恐れ入りました。南海高野線は乗ってみたいので、次に訪れるときは大乗仏教をおさらいします...

 

14:30
高野龍神スカイラインで多くのライダーとヤエーを交わし、道の駅 田辺市龍神ごまさんスカイタワーに着きました。絶景でした。奥千丈林道が尾根伝いで順光で見晴らしも良さそうなので、寄り道しました。ススキが多かったものの、期待通りの絶景でした。いよいよ携帯も圏外になり、山深い龍神へ向かいます。

 

15:50
陽のあるうちにテントが張れるか心配になる頃に、道の駅 龍神に着きました。鮎うまみ焼きを買いました。行程に余裕のあるときに食べます。

 

16:10
龍神村小又川バンガローに着きました。受付を済ませ、テントを張りました。今日は貸切状態。ラッキーでした。明日の行程を尋ねられたので、酷道425号を経て熊野へ出て、十津川に泊まると言うと、ああという顔をされていました。「国道は本当に危ないのでくれぐれも気をつけて」と教えて頂きました。国道371号・311号を経由したほうが圧倒的に早いそうです。それを知らずに突入する人の死亡事故が後を絶たないそうです。日本三大酷道ですからね...

 

17:30
龍神温泉 元湯で1日の疲れを癒します。とてもいいお湯で気に入りました。水曜どうでしょう班もここで宿泊しているので、来れてよかったです。温泉を出てキャンプ場に向かうと、ハイビームでも怖い道のりでした。恐るべし425。

 

19:00
キャンプツーリングにはカップヌードルという固定概念があるので、夜はカップヌードル。今日はしょうゆ味。コーヒーは破砕器など一式ないので、インスタントで作りました。当然のように圏外なので、紙の地図で明日の行路を確認したり、星を撮ったりしました。星が近いと謳われているので、撮ってみれば、雲がかってしまいました。とにかく虫に刺されましたが『見上げてごらん夜の星を』を聴けばどうでも良くなりました。



【9月2日】

 

9:00
今日は龍神から熊野本宮大社を経て十津川に向かう115kmです。早朝に起きたので、朝食や体操をしていました。オーナーがいらっしゃったので、話をしました。日本を知ってから海外に行くべきだ、という話で意気投合しました。日本の土地・歴史・宗教・政治を知り、考え、意見を持つことは大切ですよね。安直に留学に行っても内容は日本の学校と変わりません。日本を代表して渡航しても恥じない人物でありたいです。山深いキャンプ場にも陽が差してきたので、出発します。

 

10:00
忌まわしい日本三大酷道425号牛廻越。峠の道の険しさに、牛に積んだ米・味噌等を人に移して、牛を帰したことから牛廻越と言われています。キャンプ場から15kmしかないのに1時間かかりました。ガードレールはなく、路面に穴が開いていて、穴から谷底が見えます。そして、順行しているのにフルステアを切る急カーブ。何箇所もカーブミラーが自分に真正面を向いていて、動揺しました。酷道425号は日本三大酷道に恥じない酷さです。3速より上は使えませんでした。十津川の道路工事のおじさんから「国道ってのは名ばかりでねえ、本当に危ないから気をつけてね。10tトラック3台向こうから来るけどあと20分したらマシになるから」と教えて頂きました。酷道で10t 3台と鉢合わせしたときはこの世の終わりのように感じました。結局、龍神から十津川までの40kmを走破するのに2時間かかりました。

 

11:20
国道168号に出て安堵しながら熊野へ向かっていると、大きな滝がミラーに見えました。十二滝と言うそうです。あまりにも立派なので、写真を撮りました。二津野ダムから伸びる七色高架橋、横に果無山脈、下に十津川を従えながら走る風景は素晴らしかったです。高速道路のように線形のいい気持ちいいバイパスでした。

 

11:45
道の駅 奥熊野古道ほんぐうで休憩。昼食を摂ります。山菜そば・めはり寿司セットを頂きました。特大菜飯握りで、目を張るような大きさ・美味しさからめはり寿司と言うそうです。窓からはそびえ立つ果無山脈が見えます。果無山脈は、十津川と熊野を隔てる東西18kmの短い山脈です。ハテナシの由来は、山道が延々と続く説と、ハテ(12月20日すぎ)に怪物が峠の往来人を食べたことからハテに峠越えをする人がいない説があります。修験道も担う由緒ある山脈です。

 

12:30
熊野本宮大社に着きました。「伊勢へ七度 熊野に三度」と言いますが、熊野は熊野三山に詣でる意味だそうで。信仰の厚さに限りなし、何度でも参ろうと言うものの、熊野三山は遠いです... 参詣してから、お土産と軽食に、もうで餅とお抹茶を頂きました。今日は行路に余裕があるので、ゆっくりできました。また、大斎原も寄りました。立派な鳥居でしたが、地図には旧社地としかありません。周りが河原なので、水害で流失したと気づきました。
1889年に十津川~本宮で大水害が起き、多くの家屋が失われました。被災者の疎開・移転先は北海道になり、今も新十津川町として存在します。十津川の河原がやたら広いのは、かつて家屋がそこに建っていたからです。熊野本宮大社もその一つですね。

 

13:50
十津川温泉 庵の湯に着きました。JAF会員200円は破格でした。とてもいいお湯でした。少しヌルヌルしました。遠方の温泉のタオルを着実に集めています。給油をして、谷瀬の吊り橋のある上野地へ向かいます。

 

15:50
道の駅 十津川郷で休憩。十津川のお土産に、Tシャツを買いました。谷瀬の吊り橋が描かれており、90年代に流行ったようなデザインで、気に入りました。十津川郷士を描いたものはなく、意外でした。

 

16:30
谷瀬の吊り橋に着きました。1889年の大水害以来、根本的な橋の改善案として建設されました。それまでは丸太橋だったそうです。恐怖を覚えますが、なぜか通天閣ほど怖くはありませんでした(?)

 

17:30
つり橋の里キャンプ場に着きました。土曜日の夜で家族連れが多く、風の強いところしか空いていませんでした。ペグでは風に耐えられなさそうだったので、大きな石と共に夜を明かすことにしました。龍神のように虫に刺されず、快適でした。せっかくなので星空・吊り橋・テント・バイクをセットで撮りました。他のキャンパーの灯りはどうしようもないので、これで満足でした。キャンプツーリングにはカップヌードルという固定概念があるので、夜はカップヌードル。今日はカレー味。カレーに目がないので最高ですが匂いました。



【9月3日】

 

6:30
今日は十津川から玉置神社・大台ケ原を経て草津へ帰る280km。龍神で買った鮎うまみ焼きとコーヒーの組み合わせです。鮎は信じられないぐらいおいしかったです。あと2匹買えばよかった。
行路の確認をして、荷造りをして、バイクの暖機をしようと思ったら、眼鏡がない。昨日どこに置いたか覚えていない。普段よく入れている場所にもない。荷造りしたテントの中にもない。どうしよう。45分探して途方に暮れて腰掛けた石の横にありました。ちゃんちゃん。テントの中のホコリを払うときに出ていたようです。情けないね~

 

9:30
眼鏡紛失騒動で行程が遅れました。しかし、遅れると八木新宮特急バスが上野地に来るので、そのまま待ちました。
八木新宮特急バスは、奈良県の大和八木駅から和歌山県の新宮駅までを、国道168号で結ぶバスです。下道のみでは日本最長路線バスで、行路167km・6時間半・停留所167ヶ所・運賃5250円かかります。運転手の交代はなく、あまりにも行路が長いので、五條・上野地・十津川温泉で運転手の休憩があります。上野地は谷瀬の吊り橋のところなので、ちょうどよかったです。撮れたので結果オーライでした。

 

10:00
道の駅 十津川郷で休憩。十津川は串こんにゃくが名物らしく、あちこちで看板を見かけました。道の駅でも週末に販売しているそうなので、頂きました。最高。あと2個食べればよかった。紙の地図では250km以上は走る計算なのに眼鏡紛失騒動があったので、また来たときに3個食べます。

 

11:00
玉置神社に着きました。玉置神社は、熊野本宮大社の奥の院にあたります。直径10.8m・樹齢3000年の杉の木が社殿の横にありました。卑弥呼より年上です。

 

13:00
道の駅 吉野路上北山で休憩。酷道425号は、牛廻越ほど酷くありませんが、狭隘・落石は当たり前です。普段、酷道は喜々として走りますが、今日は辛かったです。白谷トンネルを抜けて振り返ったときに涅槃岳へ続く高嶺の凛々しさに圧倒されました。壮大な山脈に、険しい道と凛々しい高嶺があるのが紀伊山地だと実感しました。
自宅までの距離を正確に知らないので、燃料が心配になったのと、圏外続きで電池が消耗し、充電をしたいので道の駅の食堂「かわべのいえ」さんに質問とわがままを聞いてみたところ、スタンドはすぐ裏にあり、充電は快諾して頂きました。ありがたや。カレーを頂きました。かぼちゃカレーは久しぶりですが、おいしいですね。給油して、大台ケ原に向かいます。

 

14:30
大台ケ原に着きました。写真は登山口まで5kmのところです。残り10kmと5kmのところで写真が撮れそうだったので、どちらも撮りました。晴れの写真を撮れて、日本百名山の八経ヶ岳も見れたので、満足しました。標高2000m近いと秋用ジャケットでも寒かったです。登山口のホットコーヒーが染みました。
ここが最後の観光場所で、あとは日没までに帰宅できるかのラリーです。いよいよリュックでの肩の痛みと股の痛みを感じるようになりました。日没までに帰るのも大切ですが、身体は資本なので、こまめに道の駅に停まることにしました。

 

16:00
道の駅 杉の湯川上で休憩。だいぶ走りましたが、まだ吉野ではないと思うと日没に帰宅は厳しそうです。しかし初日の高野龍神スカイラインで飛ばし屋が多かったことや、今日国道169号で事故処理をしているライダーを見ていました。そもそも、知らない道で無理はできないので、国道169号から370号に入ってもゆっくり走りました。そう思った矢先に目の前を走る車がネズミ取りに捕まりました。こわ。

 

16:50
道の駅 宇陀路大宇陀で休憩。宇陀の次は針で、その次は笠置・和束と土地勘のある範囲になるので、宇陀で最後の休憩にしました。宇陀市にある近鉄榛原駅を過ぎて、北に行くと、香酔峠というのがあります。峠で芳しい香りがすることに由来します。素敵な名前なのでいつかは通りたかった峠でした。確かに匂いはしましたが、何の香りかはわかりませんでした。

 

19:00
帰宅しました。走行時間60時間、走行距離610.0km、燃費32.6km/Lでした。SSTRばりの力走でした。これだけ走っても海を見ていません。紀伊山地は果て無しですね。




さだまさしのステージトーク集に『嗚呼 十津川村!』という噺があります。母がファンで、ぼくも中学生の頃にこのトークを聴いて以来、いつかは十津川村に訪れようと考えていました。鉄道もなくバスも高額で、高校・大学時代も渋っていました。それからバイクを手にし、酷道を知り、キャンプを覚え、夏の終わりを迎えました。絶好の機会なので、研究の合間に行けてよかったです。日本にはまだまだ知らないところだらけです。この広い日本を、もっともっと堪能したいですね。

 

では。