こんばんは。けーごです。
改元おめでとうございます(?)
政府ともに国民も祝い方を戸惑う改元でしたね。年越しそばならぬ改元そばも食べる方もいらっしゃって、新鮮でした。
さて、今回は信州を周遊しました。
当初、このGWに東北リベンジを勘案していましたが、初任給では賄えないことに気づきました。そこで、日本百名山を望みに3泊4日で長野県を一周しました。
1日目 5月2日
初日は、長野県へ南から入るルートにしました。筑紫巡走ぶりの長距離です。
08:00 宇佐美小牧北SS
自宅を出てすぐ、前輪の粘りが気になりました。道路の継ぎ目を通ると、段差を感じません。空気を入れると、ただ減っていただけでした。ふう。
09:50 ファミリーマート新城名号店
新東名を走り、新城へ。愛知県は意外に広いですね。もっとも、愛知県の端々を走ったからでしょうけどね。これから、飯田線・天竜川沿いに北上します。
11:50 青崩峠
地元の愛知県の周りにはいくつか酷道があります。その中で未訪問だった青崩峠に行きました。青崩峠は、中央構造線(日本を横断する大きな断層)上にあります。断層によってできた谷の山腹に、青い岩盤が見えたことから名付けられたそうです。
国道152号の経路に計画されましたが、地形・地盤の問題で未開通になっています。林道青崩線が峠の手前まで伸びており、その入口からは国道152号のバイパス(三遠南信道の格下げ)があります。写真は草木トンネルへ続くバイパスです。
地盤の弱い青崩峠を避けるために、草木トンネルを超え、兵越峠にトンネルを通す計画でした。しかし、兵越峠も地盤が弱かったのです。結局、青崩峠を逸れるルートで青崩トンネルが工事されています。これから通る道も、目の前にある立派な道も、失敗作とは悲しいものですね。
林道の終点から、青崩峠まで遊歩道が続いていました。峠には石碑とベンチがありました。酷道425号 牛廻越ほどの谷でもなく、素人目には酷道を通せそうに思いますが、できないから未成なんですよね。青崩トンネルが開通したら、鍋立山トンネルのように語り継がれるのかもしれません。日本の掘削技術が試されていますね。
青崩峠を戻り、草木トンネルを抜け、兵越峠から長野県へ入りました。 滋賀で言う、朽木みたいな視界ですね。
12:50 道の駅遠山郷
抜けの良くも山の深い谷です。遠山郷でぼたん丼をいただき、温泉に入り、北上します。国道152号には、青崩峠の他にも未成の地蔵峠があります。迂回する林道があるそうですが、昨夏の台風で不通とのこと。一度、飯田まで出なければいけなくなりました。かなり遠回りになりそうです。日没までにキャンプ場に着ければいいや。
桜が咲いていて、季節がずれています。桜を眺めて嬉しいね、だけで済めばいいのですが、ヒノキ花粉が飛んでいます。薬を忘れたので、すっかり花粉にやられてしまいました。
15:00 道の駅南信州とよおかマルシェ
飯田の近くまで出て、冒頭の写真を撮り、北上しました。奥に、他と全く違う風格を持った、残雪の山が見えました。日本百名山 間ノ岳(あいのだけ)です。北岳と農鳥山の間だから間ノ岳になったそうです。山名をめぐり論争が起こりましたが、こんな名前になってしまうとは...
道の駅では、ソフトクリームをいただきました。根室のソフトクリームも格別でしたが、ここも大健闘です。根室は圧倒的なコクで、ここはクリーミーかな。間ノ岳を見ながら食べられて至福です。
国道152号へ向かう途中、日本百名山 空木岳(うつぎだけ)が見えました。春に伊那谷から空木岳を見上げると、残雪が卯木のように見えるからついたそうです。いい名前ですね。
16:10 道の駅歌舞伎の里大鹿
国道152号へ戻り、道の駅へ寄りました。近くの公園から赤石岳を望めました。赤石山脈(南アルプス)は、北岳や間ノ岳など日本でも指折りの高山を抱えています。それなのに山脈の名前になるほどなのだから、赤石岳はよっぽど立派なのだろう。たしかにこれは偉大だ。沢に破砕された赤い岩石があることから赤石岳とついたそうです。登山者にしかわからない名前ですね。
分杭峠を残した時点で16時を回りました。燃料計はひと目盛しかありません。道の駅の向かいのスタンドは営業をやめています。16時で?どこかで同じ思いをしたな。北海道か。こういうときにあと2, 3Lあれば、と思いますよ...
地蔵峠の遠回りが存外効いていて、18時につけるか怪しくなりました。快走な酷道(?)のおかげで交通量が少なくてよかったです。
17:00 分杭峠
高遠藩が自国の境界を杭で示したことから分杭峠というそうです。長谷の町並みが奥に見えます。ぼくは、深い谷に沿う細い峠道を好きなのかもしれません。峠道から仙丈ヶ岳を望めるそうですが、目先のつづら折りと時間に手一杯で見逃しました。
17:20 道の駅南アルプスむら長谷
パン屋さんが有名な道の駅だそうです。ぼくの利きパンはメロンパンなので、まだ売られていてよかったです。今から街まで出てキャンプの買い出しをする気にならなかったので、今晩はパンで乗り切ります。
ミラーに仙丈ヶ岳が映り慌てて撮りました。塩見岳だと思っていましたが、もっと奥にありましたね。どこから見えるんだろう。木曽山脈から見えるのだろうか。
後で日本百名山を読み返して知りましたが、仙丈ヶ岳は著者の深田久弥のお気に入りの山だそうで。山梨からは見えないことから千丈だとか。伊那からは早めに見えますね。
伊那まで出て、ガソリンスタンドを見つけました。スタンドのお姉さんが、これからグングン冷えますよ~♪と教えてくれました。♪じゃあないよ。朝に10℃を超えれば話題になるらしいです。さすが長野だ。今晩は覚悟しよう。
暮れの木曽駒ヶ岳を見ました。これが木曽駒か。駒ヶ岳というと、北海道の大沼を思い浮かべます。車窓から眺める駒ヶ岳に心を奪われたときを思い出しました。
木曽駒を鉄道で拝もうものなら、飯田線で豊橋から伊那まで相当な時間がかかります。特急伊那路から乗り継いでも5時間、普通を乗り通しても6時間。これだけで一日終わります。いつか長野を鉄道旅したいのですが、飯田線は異次元です。名古屋から高速バスで飯田まで出ればいいじゃん、というのは野暮です。
18:30 樽尾沢キャンプ場
ここをキャンプ地とする。
無料ですが、事前に箕輪町へインターネットで申請する必要があります。さすがGW、満車でした。皆さんすでに出来上がっていて、キャンプを楽しんでおられました。節約して寝泊まりするためにキャンプを選んでいるぼくとは異なる目的だと感じました。車でキャンプを目的に週末を過ごしてみたいなあ。
夜はすぐに冷え込み、ヒートテック、ウルトラライトダウン、ポケッタブルパーカーのユニクロ三兄弟を駆使して、なんとか過ごしました。モンベルなど本格的なアウトドアギアはどれだけ省スペースなのでしょうか。まだ調べないことにします。
2日目 5月3日
2日目は、ライダーの聖地ビーナスラインを走りました。
07:30 樽尾沢キャンプ場
撤収作業をしていると、ライダーに声をかけていただきました。CRF250 RALLYを検討してたそうですが、種々の理由でやめたそうです。実際に乗ってみてどう?とあれこれ質問を受けました。ある程度は乗り手の適応次第だと思うので、先日の印象以外は気になりません。多くを求めるのであれば、BAJA,Raid,DJEBELのどれかですよね。とても実用性を重視されている方でした。
09:15 杖突峠
全線舗装で二車線の林道を味わい、再び国道152号に戻ってきました。杖突峠の展望台からは、多くの百名山を望みました。右から、八ヶ岳,蓼科山,霧ヶ峰,美ヶ原,立山と見えました。まさか立山まで見えるとは思わず、とても驚きました。
八ヶ岳を見るために、富士見まで南下します。スタンディングの練習になるような寄り道をしました。
日本百名山 八ヶ岳です。中央道にも紹介されている著名な山です。小淵沢から小諸へ抜ける小海線は、八ヶ岳高原ラインと愛称がつけられるほどです。国鉄の名称でいいじゃないか、と当初は思いましたが、この名前もいいですね。薄情なものです。
振り返ると、甲斐駒ヶ岳が見えました。思いがけず驚きました。たまには顧みて反省しろよ、との教えかもしれません。横には鳳凰山らしき山も見えますが、自信がありません。改めて山梨から望みたいです。
白樺湖を通り、蓼科山を望みました。蓼科へは中学の遠足で来訪しました。当初は百名山という概念すら知りませんでした。改めて見ると、おしとやかですね。諏訪富士と呼ばれるのも納得します。
ここから、いよいよライダーの聖地、ビーナスラインです。遠足でも走ったはずですが、全く覚えていません。バイクだとどんなに気持ちいいのかなあ。
11:50 霧ヶ峰富士見台
ここから富士山まで見えるそうです。富士山までの視程はありませんでした。しかし、多くの百名山がここから見えます。わかる範囲でも、12座でした。鳳凰山や北岳、空木岳も見れたかもしれません。御嶽を拝めて幸せな時間でした。いつ見ても立派だ。写真は西向きで、御嶽山,乗鞍岳,焼岳,穂高岳が見えます。
13:40 道の駅美ヶ原高原
霧の駅でそばをいただき、ビーナスラインを走りました。花粉のせいか標高のせいか、頭痛がひどくなってきました。たしかに気圧の変化が大きい上に、酸素の量も平地に比べ少ない。元来、頭痛を起こしやすかったことや気の持ちようもあり、道中も苦労しました。
また、延々と良い眺望に麻痺してきました。知床峠のような抑揚と眺望のはっきりした道を好むようです。それでも、百名山から百名山へ、バイクで縦走する感覚は不思議で貴重な体験でした。
道の駅でステッカーを探しましたが、意外にありません。長野でパニアに貼るステッカーを買いたいのですが、苦戦しています。ビーナスラインでないのなら、あとは妙高か白馬ぐらいだろうか?百名山にちなんだステッカーがいいなあ。
駐車場からは、四阿山と浅間山が見えました。千曲を遠く感じていたので、ずいぶん走ったと感心しました。頭痛を和らげてくれるひとときでした。
美ヶ原から降りていくと、白樺の中を抜ける瞬間がありました。中信からのこれみよがしな白樺です。信濃らしい写真を撮れてよかったです。
信濃の由来には、複数の説があります。ぼくの好きな説は、科野を語源に持つものです。科は、くぼんだ場所という意味で、山の多い場所に使われる漢字です。たしかに長野県は、山ばかりあるというよりも、くぼんだ場所に街がある表現の似合うところです。土地を表せているいい名前です。
15:45 芸術むら公園
東御市のキャンプ場へ着きました。受付曰く、サイトがいっぱいとのことなので、コテージを借りました。明朝が霧の予報、頭痛、充電のこともあり、コテージにしました。簡単な荷物を置いて、買い出しと温泉を求めて東御市の街へ向かいました。
16:30 道の駅みまき
道の駅へ来てみました。ツーリングマップルには、温泉が近くにあるそうです。看板に案内されるがままに駐車場へ来てみると、トイレしかない。え?道の駅の存在意義は休息と情報発信と地域交流じゃなかった?トイレだけって休息しかできてないじゃん...と、反対側の施設を覗いてみると、あれが道の駅の施設でした。あーよかった。農産物直売所、温泉など多くの施設が併設されていました。めっちゃしっかりしてた、すまんかった。
浅間山を見ながら露天風呂を堪能し、少し頭痛も和らぎました。道の駅では、地ビールカレーが売られていました。気になるので、今晩はこれにします。
コテージに戻る前に浅間山を撮りました。浅間山を眺めるのは大学受験ぶりです。すべての受験を終え、長野新幹線あさま号に乗り、Close To You(押尾コータローによるCarpentersのカバー)を聴き、浅間山を眺めた覚えがあります。当時も百名山の概念を知らなかったものの、見入った思い出の山でした。
さて、どれどれ。あ、中辛なんだね。ふむふむ。お、巨峰が入っているね。うんうん。 え、ビールの香りがするぞ。ハイボールのせいじゃないな。あーカレーだ。おもしろい。
レトルトのできるコッフェルを持っているキャンパーは、ぜひ食べてみてください。今日見た百名山を読み返し、明日見る百名山や道に目を通し、心地よく寝ました。
3日目 5月4日
3日目は、毛無峠を目指し、北信を散走しました。
08:20 アートヴィレッジ明神館
芸術むら公園でのキャンプ・コテージを受付している施設です。浅間山を眺められる位置に池や美術館などを公園に設け、日帰り入浴や宿泊も営業しているミニリゾート地でした。参考までに、キャンプ場は斜面の多そうな雰囲気でした。
08:50 道の駅雷電くるみの里
こんな朝から営業している道の駅は初めてです。雷電は、勝率0.962を誇る力士です。東御市は雷電の出身地だそうです。身長は197cmで、銅像がありましたが、銅像の身長はサンふじジュースと同じでした。この旅でりんごジュースを何本飲んだか覚えていませんが、道の駅みまきで買った手作りりんごジュースが最もおいしかったです。
菅平高原で四阿山(あずまやま)を目前にしました。視界の開けたところを探しましたが、ゴルフ場に突っ込むしかなく、泣く泣く手頃な場所で撮りました。日本武尊が東征の帰りにこの山で妻を思ったことから名付けられた山です。菅平高原ではテニスやサッカーをする高校生ばかりでした。合宿か大会でしょうか。
菅平高原から下ると、砂防ダムがありました。仙仁川が赤褐色で驚きました。鉄分が多いのでしょうか。十勝岳温泉を想起しました。
日本百名山 妙高山が右手に見えます。去年の東北の帰りに北陸道からその姿を見て強く印象に残っていたのでひと目でわかりました。方角的には、高妻山も見えるはずですが、どれがそれかわかりませんでした。妙高山の左には、黒姫山,新潟焼山,飯綱山,戸隠山があることはわかるのですが、その奥にあるはずの高妻山がわかりません。もう少し高いところから見る必要がありそうです。
未開の地グンマの元ネタになった毛無峠へ向かうと、積雪により通行止めでした。峠でハングリアン民族になろうとしましたが、残念でした。草津白根山の火山活動に伴う志賀草津道路の二輪規制もあり、草津白根山や苗場山あたりは再訪したいですね。
代わりに、途中の眺望のいいところでじっくり写真を撮りました。右側の突き刺すように鋭い山が高妻山です。戸隠山の方角を向いていますね。
もう少し西側へ向くと、白馬三山を認めました。鹿島槍ヶ岳と五竜岳です。群馬県境の近くから富山県境の山を見ていると思うと、改めて天候に感謝します。
秀に起ちて 茨を臨む 科野かな
来る艱難に備えよと詠みました。塞翁が馬です。
少し降りた東屋でハングリアン民族になりました。百名山ではありませんが、横手山が見えました。昨日の満席のキャンプ場の反省もあり、信濃町のキャンプ場に空きを問い合わせました。電話がつながらなかったので、戸隠の麓の飯綱のキャンプ場に問い合わせました。バッチリ空いているそう。よし、近場だし余裕だ。道の駅を余分に寄ってみよう。
13:40 道の駅オアシスおぶせ
麓で改めて妙高の写真を撮ってから道の駅へ行きました。自宅へそばのお土産を贈り、信州いちごのクレープと小布施の牛乳をいただきました。妙高山を眺めながらの一服、いいですね。
14:40 湯田中温泉楓の湯
長野電鉄 湯田中駅の裏に温泉がありました。鉄道好きなせいか、長野の温泉というと湯田中温泉を思い浮かべます。湯田中温泉は、和倉温泉のような泉質でした。塩化物泉なので、実際に和倉温泉と同じ分類のようです。湯田中駅に列車が到着すると、曲が流れ始めました。
岡本敦郎の『美わしの志賀高原』という曲だそうです。淡麗な日本語に驚きました。「ばら色のあの尾根ははるかな未来」、「スキーリフトに輝く若さ」、こんな美しい表現の歌詞なんですね。二人称を使わずに高揚を歌う1957年の曲でした。列車から降り立ちこの曲に迎えられると思うと、次は鉄道で来たいものです。
16:00 道の駅北信州やまのうち
明朝にいただきたいアップルパイとりんごジュースを買いました。また、志賀草津道路の規制解除を記念したステッカーをいただきました。草津の道の駅でステッカーをもらうと1枚のつながったステッカーになるそうです。今回は長野県から出ないルールにしているので、またの機会です。国道292号にちなんで2920枚限定だそうですから、厳しそうです。
17:10 飯綱高原キャンプ場
池の畔のキャンプ場に着きました。晩ご飯にお湯を沸かしたらガス缶が切れました。危ない。食べてからキャンプ場の周囲を撮り歩きました。
定番の構図です。定石は砥石、と考えています。ありきたりな環境で撮り方を工夫するのが腕です。たまには基礎の写真を撮って、変化を確かめるのは大切です。写研の現役を退いてからも、撮り方や現像方法を変えているので、今を確かめられました。
近くのコインランドリーに、プラレールがありました。E2系2000番台初期型です。E2系は長野新幹線に合わせて作られた車両で、2000番台は東北新幹線向けに導入されました。なので、厳密には長野に来ない車両です。しかし、長野新幹線といえばE2系ですから、新幹線を慕う市民の様子が伺えます。新幹線の愛される様に嬉しさを覚え寝ました。
4日目 5月5日
4日目は、白馬に寄って帰りました。
07:30 飯綱高原キャンプ場
6時に目覚め、心地いい朝を過ごしました。りんご尽くしです。露もなく楽に撤収できました。果たして何時に帰宅するでしょうか。
道中、そびえ立つ戸隠山を見つけました。百名山ではありませんが、大きな岩山で、修験道になっています。戸隠山は表の戸隠、高妻山は裏の戸隠だそうで、戸隠山に登ると高妻山の切り立つ姿に気づくのだそうです。なぜ戸隠を百名山に選ばなかったのか疑問でしたが、たしかにあの高妻山を間近で見れば、戸隠に勝る品格を持ち合わせていると感じるでしょう。戸隠へは何かの機会に観光しそうなので、今回は寄りませんでした。
08:10 大望峠
これはこの世の景色か。五竜岳,鹿島槍ヶ岳,鷲羽岳が見えます。しばらく言葉を失いました。
峠を降りていると、鯉のぼりがありました。お祭りなのでしょう、法被を着る人を見かけました。桜と鯉のぼり、綺麗な対ですね。沢まで降りて、国道406号を通ります。程よい酷道でした。
09:10 白沢洞門
嗚呼、白馬。
日本百名山 白馬岳
10:10 白馬八方温泉おびなたの湯
五竜岳の尾根を眺めながらの露天風呂でした。たまらん。はるばる来たかいがあった。白沢峠から麓へ降りると、白馬駅がありました。駅からすでに白馬岳が迎えてくれます。名古屋から白馬行きの臨時しなのがあるので、いつか左側の席から拝みたいものです。白馬と湯田中を回れたらいいなあ。
11:40 道の駅白馬
そばをいただき、デザートにアップルパイをいただきました。白馬岳を模した三角パイで、白馬三山を望みながら食べてください、とのことでした。さようならば!たまんね~!
ステッカーを探し4日、いよいよ白馬にもなかったら作るしかないかと思っていました。さすが白馬、ばっちり白馬三山のステッカーがありました。パニアケースに貼るぞ!白馬三山のTシャツもあったので、恒例のご当地Tシャツ集めもできました。白馬、非の打ち所がない。
名残惜しく白馬を望みながら、いよいよ帰路に就きます。午後になってもまだ白馬、自宅まで300km弱あります。高山で高速か下道の判断をすることにして、この旅の目的を果たしに行きました。
13:45 道の駅アルプス安曇野ほりがねの里
安曇野の道の駅に寄った頃にはすっかりSSTRのような走る頭になり、体力勝負の力走に備えました。道中、黒岳が見えました。槍ヶ岳も見えましたが、カメラのバッテリーが厳しくなったので、車窓から拝もうと思います。
15:20 焼岳登山口
旧安房峠を目指しましたが、積雪により焼岳の登山口から通行止めでした。しかし、旅の目的は果たせました。穂高岳を見ることです。穂高は、信州最高峰、日本で3番目の高山です。穂高遊走としたのも、この穂高を見るために信州を周遊するからでした。無事に達成できて安堵しました。道路情報では旧道通行止めでしたので、見れないオチかと思いましたよ。さあ、記念写真も撮ったし、帰ろう。
安房峠から自宅まで200km、高山で16:30だったので、国道41号で帰りました。さすが天下の41、抜群の流れと信号の少なさでした。突貫でも苦ではありませんでした。
19:30 自宅
帰宅!今回も無事故無違反で無事に帰宅できてよかったです。白馬からの燃費は41.6km/Lでした!あっぱれ!
走行距離:1019.0 km
平均燃費:37.4 km/L
見れた日本百名山:23座
長野県の周囲に、半数近くの百名山があります。日本アルプスと謳われるだけあり、どれも威厳のある山容でした。しかし、それらが同じものではなく、霧ヶ峰・蓼科山のなでるような姿、鹿島槍ヶ岳・八ヶ岳の叱るような姿、それぞれに緩急のついたものでした。街道からは簡単に望めない奥まった百名山もあります。まだまだ巡る旅は続きます。
では。