#GiveMeWings

Trace my discovery

名鉄旧小牧線を訪ねて

f:id:centuryride0608:20190518232833j:plain

こんばんは。けーごです。

 

名鉄小牧線という鉄道路線があります。愛知県犬山市犬山駅から名古屋市北区上飯田駅までを結ぶ路線です。上飯田駅から、平安通駅まで地下鉄上飯田線が直通しています。2003年の地下鉄開業に伴い、一部が廃線になりました。

 

f:id:centuryride0608:20190518213450p:plain

かつての小牧線は、味鋺あじま)駅から上飯田駅まで地上を走っていました。庄内川矢田川を渡るため、大半が盛土の区間でした。近くを通る用があったので、盛土を訪ねる散歩をしました。

 

 

f:id:centuryride0608:20190518215428j:plain

味鋺駅を出て南へ向かいます。中央、カーブしながら奥へ伸びる道路があります。これは旧線です。このコンビニのところにかつての味鋺駅がありました。右半分(西側)の草の生えたところは新線です。すでに地下になっています。跡地は活用されているようですね。

 

f:id:centuryride0608:20190518215700j:plain

ここから南へ歩くと、盛土が見えてきました。西側から東を見ると、盛土の境界が見えます。建築のために切り崩された様子が伺えます。意外にも旧線の盛土は残されているものですね。

 

f:id:centuryride0608:20190518215953j:plain

庄内川右岸から北を向いています。盛土が右手前に向かってまっすぐ伸びています。かつて踏切があったのでしょう、ガードレールが途切れています。いかにも鉄道が走っていたことを表していますね。

 

f:id:centuryride0608:20190518220344j:plain

庄内川左岸から南を見ると、盛土が残っています。右へカーブしながら下っています。廃線から16年経ち、木のトンネルが出来上がっています。住宅街を突っ切る盛土は新鮮です。ここを吊り掛け駆動(ウゥ~ンとうるさい)の電車が走っていたのですから、驚きです。

 

f:id:centuryride0608:20190518220744j:plain

この盛土に沿って歩くと、踏切跡に出ました。先ほどの庄内川左岸(北)を向いています。右端に見える基礎は遮断器に用いられたものでしょう。バラストも当時のままで、感動しました。君は16年そこにいるんだね。

 

f:id:centuryride0608:20190518221028j:plain

南を向くと、また上り勾配が始まっています。矢田川に向けて盛土が大きくなっていますね。1942年まで、ここに瀬古駅があったそうです。当時はガソリンカーだそうです。というと、車と同様に1両で、クラッチトランスミッションがあったのでしょうか。

 

f:id:centuryride0608:20190518221701j:plain

ガーター橋の橋脚がありました。この擁壁は重力式でしょうか。廃線が町の一部になっている様子に心を温めました。

 

f:id:centuryride0608:20190518222003j:plain

矢田川右岸まで来ました。北を向いています。一部は建物になっていますが、当時の面影を十分に感じます。とても名古屋市の風景とは思えませんね。

 

f:id:centuryride0608:20190518222150j:plain

矢田川左岸にも盛土を確認しました。ほとんど残っていますね。この木の奥にも盛土はあるのでしょうか。

 

f:id:centuryride0608:20190518222330j:plain

残念ながら、盛土はここまででした。上飯田駅まであと100mです。

 

f:id:centuryride0608:20190518222444j:plain

盛土の終端から南は、駐車場や住宅など宅地になっています。画面中央、白いビルがあります。銀色のタウンエースの上に白いゲートが見えます。これがかつての上飯田駅の改札口でした。年長か小学1年の頃に来たことがあり、おぼろげに覚えています。旧駅はすぐそこです。

 

f:id:centuryride0608:20190518222818j:plain

ゲートの麓まで来ました。かつて、ここから連絡橋を経てホームが手前に伸びていました。改札とホームが少し離れていましたね。改札を出るとマンションで、不思議に思ったことをよく覚えています。

www.google.co.jp

Google検索すると、当時を思い出しました。小牧線は、犬山駅を出発すればどこの路線とも接続しない盲腸線でした。単線で名古屋市に乗り入れるぐらいですから、扱いも想像がつくものです。そのため、車両も廃車間近のものばかりでした。本線で活躍する車両などめったに走らず、走れば翌日の小学校で同級生とはしゃいだものです。

 

当時、名鉄小牧線には3種類の電車が走っていました。

最新は、VVVFインバーター(可変電圧・可変周波数)の電車。モーター回転数に応じて不連続に変化する音に釘付けになったものです。当然、本線の急行ばかりで盲腸線など頻繁に走るわけもありません。

よく走っていたのは、カルダン駆動と吊り掛け駆動の電車でした。

カルダン駆動は、台車の軸ばね上にモーターがマウントされている方式です。ユニバーサルジョイントとかさ歯車を介して車軸に駆動を伝達します。シャフトドライブのバイクのイメージです。

吊り掛け駆動は、車軸上にモーターがつりかけられてマウントされている方式です。スクーターのようにスイングアームにエンジンがマウントされているイメージです。駆動が伝達されたときの歯車の摺動音がひどくうるさいです。数km離れていても電車の音が聞こえます。

 

吊り掛け駆動の車両で、3300系がありました。当時の名鉄で唯一の3両編成で、使い勝手の悪さからいつも小牧線を走っていました。いつも乗る電車は3300系だったなあ。かけっこで競走もしたなあ。

 

f:id:centuryride0608:20190518225952j:plain

そんな思い出を開いてくれた旧上飯田駅への改札口は、閉ざされたままになっています。よう、18年ぶりに来たぞ。綺麗にしてもらってるな!

 

f:id:centuryride0608:20190518230447j:plain

かつて父はこの駅を通学に使っていたので、父にこの写真を見せました。「懐かしいなー!」この駅ビルや、この駅ビルよりも前の思い出話を話してくれました。ここは、親子ともども思い出の駅のようです。改めて小牧線について知ることも多く、温故知新の散歩でした。

 

鉄道は、人々の生活に大きく影響する存在です。通学の思い出、外出の思い出、それぞれにあることでしょう。皆さんは鉄道の思い出をお持ちですか。

 

では。